本とかコンピュータとか

10000冊プロジェクトに参加するため、ブログを立ち上げました。読んだ本の感想とか、つらつらあげます。

書評その17:「青空のリスタート」

タイトル:『青空のリスタート』
著者:富田倫生
発行日:1992/9/30
ページ数:237ページ
評価:★★★☆☆
(目次は省略)

テンプレート変えて一冊目を何にしようかなぁと思ってたときに、青空文庫をあさってたら青空文庫らしからぬ文体の作品がありました。


作品といっても小説の類いではなく、90年代初頭に筆者が書いていたIT系の(当時もそう呼んでたんだろうか)コラムをまとめたもの。紙の本自体は当時出版されてたものの、あえて青空文庫で公開する理由はなんだろうなぁ、と思ってちょっと調べると自分のアホさに愕然としたわけで。


著者の富田倫生さんは青空文庫の主催者でした。自分は青空文庫には学生時代からずっとお世話になってたのに、作った人の名前すら知らなかったんですよね。富田さんは書物の電子化にいち早く目をつけ、その重要性を皆に説きながら、著作権が切れた本の電子化と公開に力を尽くした偉大な人なのです。青空文庫の一利用者に過ぎない自分は、背景なんぞ一切興味をもたずに「いい世の中になったなぁ(*´∀`)」とか思いながら寝転んで昔の小説をガラケーで読んでましたわ。青空文庫ができて随分たってから存在を知ったので、当時既にラインナップが充実してたんですよね。電子化した有志の方々に感謝。


肝心の内容について、この本どこの文章を切り取っても読みやすい。サブタイトルに「電脳楽屋裏軽口噺弐拾参席」とある通り落語調とでも言えばいいのか、くだけた文体の上、ITに全然関係ないものを持ち出した例え話で説明する部分が多くて、ITに全く興味がない人でもスラスラと読めるんです。


しかし、「読みやすい」からと言って必ずしも「わかりやすい」わけではなかった。。。
例え話が多く、読みやすいからスラスラと読める。だけどある章を読み終わったとき、その章は何について書かれていたか、今一思い出せない。もう一度テーマに集中して読み返して「ああ、そうだったそうだった」と思い出す。。。これね、例え話の部分が長すぎるんですよ。一例として、「WindowsはMS―DOSの暗黒に一条の希望の光をさすか 」の章では、序盤で「不幸が重なるものだ」ということを言うために何段落も使う。こういうことするから、メインの話が大分後になってきて、しかもそのメインも例え話が長いうえに話題があちらこちらに飛ぶもんだから読んでて「あれ?今なんの話なんだっけ?」となるわけですよ。


「WindowsはMS―DOSの暗黒に一条の希望の光をさすか 」の章では、序盤で「不幸が重なるものだ」ということを言うために何段落も使ってます。こういうことするから、メインの話が大分後になってきて、しかもそのメインも例え話連発で話題があちこちに飛ぶもんだから読んでて「あれ?今なんの話なんだっけ?」となるわけですよ。


ちゃんと内容を意識しながら集中して読んでいれば、出版当時のコンピュータ業界を著者独自の目線で切り取った、とても面白い本なんです。
ただ、この本はもともと雑誌のコラム。くだけた文体も相まってそんなに気張って読むのもなぁ。。。と思いながら、一度よんだ部分をチビチビ読み返しています。


まとめ
・著者は青空文庫を作った富田倫生さん。本書以外にも著書が公開されてる。
・読みやすい!。。。んだけど注意しないと中身が入ってこない。
・久しぶりの書評で故人をアゲたくせに、その故人の作品は落とすというね。